横須賀への道
尾瀬の風が背中を押した。
「……行こう、横須賀へ。」
スポーツグライドのエンジンが、静かにだが確かに応えた。
俺はアクセルをひねり、リサを追いかけるように走り出した。
頭の中で、彼女の言葉がこだまする。
——「あなたのことが大嫌い。」
涙を流しながら、そう言った彼女。
だけど、ゴールドウィングは別れ際に告げた。
——「横須賀に来て。」
それが、リサの本心なら——。
俺は走り続けた。
長い道のりだったが、不思議と疲れはなかった。スポーツグライドも同じ気持ちだったのか、どこか懐かしいような、温かい鼓動を響かせていた。
そして、俺たちは横須賀にたどり着いた。そのころにはもう朝日が昇ろうとしていた。
ヴェルニー公園の再会
海沿いのヴェルニー公園にゴールドウィングはあった。
ベンチに座るリサの姿が見える。

風が吹くたび、短く切りそろえた髪が揺れる。
俺は迷わず歩み寄り、彼女の腕を掴んだ。
「……なんで、逃げた?」
リサは驚いたように俺を見上げる。
「……お兄さん……。」
その声は震えていた。
「お前は……本当に俺のことが嫌いなのか?」
「……そうよ。」
リサは目をそらしながら、かすれた声で答える。
「嘘をつくな。」
俺は彼女の肩を掴み、強く抱きしめた。

「やめて……!」
リサがもがく。
それでも俺は腕の力を緩めなかった。
「お前は嘘が下手なんだよ。」
「離して……っ!」
「……いやだ。」
しばらく、リサは必死に抵抗していた。
だが、次第に力が抜けていった。
そして——
「……っ!」
リサは俺の背中に腕を回し、震える手で抱きしめ返した。
「……バカ……。」
俺の肩に顔をうずめるリサの頬を、温かい涙が濡らした。

真実と告白
「……リサ、お前……何があった?」
しばらくそのままの体勢でいた後、俺はそっと問いかけた。
リサは小さく息を吸い、震える声で言った。
「私……病気なの。」
心臓が、跳ねた。
「……病気?」
リサは俺のジャケットをぎゅっと掴む。
「……もう、時間がないって……。」
「……嘘だろ?」
「……ううん。」
リサの涙が俺の胸を濡らす。

「お医者さんに言われたの。いつ命を落としても不思議じゃない。自分が生きたいように生きなさいって。」
「……。」
「だから、もう一緒にいちゃダメなんだって思ったの……。別れるしかないって……。」
俺は、リサの背中を優しく撫でた。
「お前、バカだな。」
「……え?」
「そんなこと、俺に言わずにひとりで決めるなよ。」
「……っ。」
「一緒にいよう、リサ。」
「……でも……!」
「一緒に、いるんだよ。」
リサは声を詰まらせ、俺のジャケットをさらに強く握る。
「……病院に入るんだ。」
「どこだ?」
「近くの、大きな病院……。」
「そっか。」
俺は、リサの髪を優しく撫でた。
「なら、俺も行くよ。」
「……!」
リサは驚いたように顔を上げた。
「……お兄さん、それって……。」
「お前のそばにいるって言ってるんだよ。」
リサは大粒の涙を流しながら、それでも微笑んだ。
涙でぬれた髪を尾瀬で買った髪飾りでそっと抑えてやる。
「……ありがとう。」

見守る二台のバイク
少し離れた場所で、スポーツグライドとゴールドウィングが並んでいた。
どちらも何も言わず、静かに二人を見守っている。
「……不思議だな。」
スポーツグライドがぽつりと呟いた。
「なんだか、懐かしい気がする。」
「……ええ、私も。」
ゴールドウィングも、小さく震えるように鼓動を響かせる。
「この景色……この時間……。」
「どこかで、見たことがあるような気がするな。」
「……ええ。」
バイクたちもまた、どこか遠い記憶のようなものを感じていた。
二人が抱きしめ合う姿を、ただ黙って見つめながら。

海沿いの風が吹く。
夜明けの横須賀に、少しずつ、新しい時間が流れ始めていた——。