
「旅とは、再び巡り会うための別れである。」— マルセル・プルースト

大洗磯前神社での別れから、数ヶ月が経った。俺は諏訪大社の巫女の言葉に導かれるまま成田空港に来ている。もちろん相棒のハーレーと一緒に。
彼女は世界一周の旅へ、俺は日本を巡る旅を続けていた。
選んだ道は違えど、心のどこかで彼女のことを思い出すことがあった。
そんなある日、成田空港の国際ターミナルでの用事を終え、搭乗ロビーを歩いていると、
見覚えのある長い髪が風に揺れていた。
「まさか……。」
まるで導かれるように近づくと、彼女がそこにいた。
「久しぶりだな。」
驚いた表情を見せた彼女だったが、すぐに微笑んだ。
「あなたこそ。日本一周の旅は順調?」
互いの近況を語り合いながら、気づけば長い時間が過ぎていた。
彼女のDUCATIは今、ヨーロッパのガレージにあるという。
本当なら、彼女はそのまま旅を続けていたはずだった。
「……親が、急に倒れて。」
彼女は静かに言った。
「それで、しばらく日本に戻っていたの。」
「……そうだったのか。」
「幸い、大事には至らなかったわ。でも、今度はちゃんと見送らなくちゃいけない。」
そう言って、彼女は旅支度を整えたスーツケースを見つめた。
彼女は、また旅に戻る。
そして、俺は——
「せっかくだし、もう少し話さないか?」
「うん……成田空港のホテルに泊まる予定だったんだけど、一緒にどう?」

滑走路を見下ろすホテルで、束の間の休息

チェックインしたのは**「成田空港内のANAクラウンプラザホテル」**。
部屋に入ると、大きな窓から成田の滑走路が一望できた。
「夜の空港って、なんだか旅心をくすぐるよな。」
「うん。どこかへ飛び立ちたくなるね。」
ふたり並んでソファに腰を下ろし、これまでの旅の話を語り合った。
彼女はヨーロッパを巡り、知らない景色に出会い続けているらしい。
俺は俺で、日本の各地を走り、その土地ならではの風や匂いを感じていた。
「お前、本当に世界を駆け抜けてるんだな。」
「あなたも、日本のすべてを知ろうとしてるでしょ?」
窓の外では、飛行機が静かに滑走路を移動していく。
まるで、それぞれの道を歩む俺たちの姿を映しているようだった。
「ねぇ。」
彼女がふと、俺の肩にもたれかかる。
「今日くらいは、余計なこと考えずにいよう。」
俺は少し驚いたが、何も言わずに彼女の頭を支えた。
今だけは、時間が止まればいいと思った。
夜明けの別れ、そして次の旅へ

気づけば、窓の向こうに朝焼けが広がっていた。
「そろそろ、行かないと。」
彼女はスーツケースの横に置いたヘルメットを手に取る。
俺も、彼女の旅立ちを見送るため、部屋を出た。
ロビーまでの短いエレベーターの中、互いに何も言わなかった。
言葉にしなくても、分かることがある。
「また、どこかで会えるといいな。」
彼女が微笑んで言った。
「おう。その時は、一緒に走るか。」
「約束よ。」
搭乗ゲートへ向かう彼女を見送り、俺は駐車場へ向かう。
エンジンをかけると、相棒のハーレーが静かに呟いた。
「……寂しくないのか?」
「いや……また、どこかで会う気がする。」
相棒はエンジンを吹かした。
「フッ……そうかよ。」
俺もアクセルをひねり、朝焼けの千葉の道を走り出した。
旅は続く。
そして、出会いと別れが繰り返される限り——
また、どこかで巡り会う日が来るのだろう。

第四章 完