「ここから東に、大きな神社はないか?」
「なあ、お前……」
夜道を走りながら、ふとスポーツグライドが口を開いた。
「ここから東に、大きな神社はないか?」
「東?」
突然の問いに戸惑いながら、ヘルメットの中で考える。
「確か、鹿島神宮があるな。」
「……そこに行こう。」
「なんでまた?」
スポーツグライドのエンジンが、少しだけ低く唸る。
「……なんとなく、いかなきゃならない気がする。」
まるで、自分の意思ではない何かに導かれているような口調だった。
スポーツグライドは時々こういうことを言う。単なる機械のはずなのに、不思議と「何かを感じている」ようなことがあるのだ。
「ま、いいか。鹿島神宮は俺も行ったことがないしな。」
俺はアクセルを軽くひねり、スポーツグライドとともに夜の道を東へと向かった。

夜の鹿島神宮へ
夜の帳が下りる頃、スポーツグライドのエンジンが静かに響く。
鹿島神宮——東国三社の一つであり、日本最古の神社の一つ。
神の力が宿るこの地で、俺はある運命を知らされることになるとは思いもしなかった。
鳥居をくぐると、境内には静寂が広がっている。夜の神社はまるで異世界のようだ。
暗闇の中、ふと視線を感じて振り向くと、一頭の白鹿がこちらをじっと見つめていた。
「待っていたぞ、旅人よ。」
驚いた。鹿が……喋った?
だが、不思議と恐怖はなかった。むしろ、その声には懐かしさすら感じる。

神の使い、鹿からの贈り物
白鹿は静かに歩み寄り、俺の前で足を止める。
「お前に神の力を授けよう。
人の世を巡りし者よ、その魂に宿るものを、目覚めさせる時が来た。」
そう言うと、白鹿は立ち上がり神々しく姿を変え、俺の胸に触れた。
その瞬間、温かい光が体を包み、心の奥に新たな力が流れ込むのを感じる。
まるで、自分が何か大いなる存在と繋がったかのような感覚だった。
この感覚は、初めて相棒の声が”鍵”から聞こえた時と似ているようにも思えた。

「お前は旅の道中、八百万の神から啓示を受けてきたことだろう。この力は、お前の道を照らすだろう。」
白鹿はそう言い残し、背を向けた。
「だが…」
去る前に、もう一つ囁くように告げた。
「お前の傍らにいる少女——彼女は知らぬままに償いを続けている。」
「……償い?」
「彼女の魂は、天へと還る運命にある。」
「どういうことだ?」
「いずれ分かるだろう。お前が道を誤らなければな。」
そう言い残し、鹿の神は闇の中へと消えていった。
俺はただ、その場に立ち尽くしていた。
再会と疑問
「やっぱり、ここにいたんだね。」
ふと、背後から声がした。
「お兄さん、前よりももっといい匂いがする。この匂い大好き」
振り返ると、そこにはリサがいた。無邪気な少女のように俺の背後から抱きついてきた。
彼女のゴールドウィングは月光を浴びて静かに佇んでいる。
「お前も何かを知ってるのか?」
リサは少し微笑んだ後、夜空を見上げた。

「ううん。ただ、ここに来なきゃいけない気がしてさ。」
「……お前もか。」
スポーツグライドもそう言っていた。まるで何かに導かれるように。
「変な話だよね。何でか分からないけど……私は、もうすぐ何かが終わる気がするんだ。」
「……終わる?」
「いや、ごめん。自分でもよく分かんないんだけどさ。」
リサは困ったように笑った。
だが、俺は白鹿の言葉を思い出す。
——彼女は知らぬままに償いを続けている。
まさか、リサが……?
「なあ、お前は……」
「ん?」
聞こうとして、俺は口を閉ざした。
リサは何も知らない。知らぬままに、償いを終えようとしている。
それを今、俺が伝えていいのか?
言葉が見つからず、俺はただ空を見上げた。
祈りと夜の走り

「行こうか。」
リサがそう言った。
ゴールドウィングのエンジンが静かに響き、スポーツグライドがそれに応えるように唸る。
「……ああ。」
夜の鹿島神宮を後にし、俺たちは闇の中へと走り出す。
リサは知らない。自分が天へ帰る運命にあることを。
だが、それを知った俺は——どうすればいい?
俺にできることは、ただ一つ。
どうか、リサが長くこの世界にいられますように——。