
「休むことは、進むための準備である。」
— レオナルド・ダ・ヴィンチ
「……フン、たまにはいいこと言うな。」
エンジンをかけた瞬間、相棒のハーレーがぼそっと呟いた。
「レオナルド・ダ・ヴィンチの言葉だ。”休む”ってのも、次へ進むための大事なことなんだよ。」
「ってことは、今日はツーリングじゃねぇのか?」
「いや、走るさ。ただ今日は、体を休めに行く。」
「……ほう?」
「山梨県・ほったらかし温泉。富士山を眺めながら湯に浸かれる、最高の温泉だ。」
「フッ、”伝説巡り”とか言っといて、温泉かよ?」
「伝説を巡る旅は、長くなる。だからこそ、体を休める時間も必要なんだよ。」
「……まぁ、たまには悪くねぇか。」
相棒は軽くエンジンを鳴らし、俺たちは温泉へと向かう。
山を越え、温泉へ

中央道を走り、勝沼ICで高速を降りる。
そこからは山道を抜け、標高を上げていく。
「おい、この道、なかなかワイルドじゃねぇか。」
「温泉は山の上にあるからな。登らなきゃ辿り着けないんだよ。」
ワインディングロードを抜けると、目の前に広がるのは甲府盆地の絶景。
その奥には、堂々とそびえる富士山。
「おい…これはすげぇな。」
「だろ?この景色を見ながら入る温泉は、最高なんだよ。」
バイクを停め、温泉の入り口へと向かう。
ほったらかし温泉、静寂の湯

「”あっちの湯”か、”こっちの湯”か…さて、どっちに入るか?」
ほったらかし温泉には、二つの湯がある。
**”あっちの湯”**は広々とした眺望、
**”こっちの湯”**は静かに落ち着ける雰囲気。
「おい、今日はどっちにする?」
「せっかくだし、”あっちの湯”にするか。思いっきり景色を楽しもうぜ。」
受付を済ませ、温泉に浸かる。
湯に包まれた瞬間、全身の疲れがふっと消えていく。
「……こりゃたまんねぇな。」
富士山を正面にしながら、湯煙がゆらゆらと揺れる。
温泉に浸かりながら、これまでの旅を振り返る。
「神社を巡って、御朱印をもらい、伝説を追う旅。」
「……これから先、どんな道が待ってるんだろうな。」
そんなことを考えていると、不意に誰かが隣に座った。
不思議な少年との会話

「お兄さん、旅してるの?」
突然話しかけてきたのは、10歳くらいの少年だった。
「まぁな。」
「ふーん。お兄さん、なんか”いい匂い”がするね。」
「……いい匂い?」
少年は湯に肩まで浸かりながら、俺をじっと見つめた。
「”神さまの匂い”っていうのかな。」
「……おい、どういうことだ?」
「お兄さん、色んな神さまのところに行ってるでしょ?」
俺は一瞬、息を飲んだ。
「……なんで分かる?」
「うーん…分かるんだよ。」
少年はにっこり笑い、湯の中でゆっくり手を動かした。
「”神さまの気”を浴びるとね、人は少しずつ変わっていくんだって。」
「変わる?」
「そう。強くなる人もいるし、優しくなる人もいる。
でも、”選ばれた人”は、もっと違うものになるんだって。」
「選ばれた人?」
少年は何も答えず、空を見上げた。
「お兄さん、これからも旅を続けるんでしょ?」
「ああ。伝説を巡る旅は、まだ始まったばかりだ。」
「そっか。じゃあ、次に会う時、お兄さんが”どうなってるか”楽しみだな。」
「……おい、待てよ。」
「じゃあね。」
少年は湯から上がり、手を振ると、そのままどこかへ消えていった。
再び旅路へ

温泉を出て、バイクへ戻る。
相棒は静かにエンジンを鳴らした。
「おい、さっきのガキ…なんだったんだ?」
「……さぁな。でも、”神の気”を感じるなんて、普通じゃねぇ。」
「お前、なんか”選ばれてる”ってことか?」
「そんな大層なもんじゃないさ。ただ、旅は続くってことだ。」
俺はヘルメットを被り、エンジンをかける。
「で?次はどこへ行く?」
「……龍を探しに行くか。」
「フッ…いいぜ。その体なら、どんな伝説でも追いかけられるだろ?」
俺たちはアクセルをひねる。
不思議な少年の言葉が、頭の片隅に残ったまま――
風が吹く限り、俺たちの旅は続く。