
「静けさの中にこそ、真実が宿る。」
— レフ・トルストイ
「ほぉ…なかなか深ぇ言葉じゃねぇか。」
エンジンをかけた瞬間、相棒のハーレーがぼそっと呟いた。
「静かな場所でこそ、本当に大切なものが見えてくるってことだ。」
「なるほどな…で、今日はどこを走る?」
「多摩湖だ。」
「おいおい、湖か?またずいぶんと落ち着いた場所を選んだな。」
「たまにはな。静かな水面を見ながら、色々考えるのも悪くないだろ?」
「フッ…まぁいいぜ。でもよ、ただ静かに湖を眺めるだけのツーリングにならねぇことを祈るぜ?」
相棒の言葉の意味を、この時の俺はまだ知らなかった。
今日のツーリングが、ちょっとした”出会い”を生むことになるなんてな――
都心を抜け、多摩湖へ

エンジンの鼓動を感じながら、都内の喧騒を離れる。
新青梅街道を西へ進むと、徐々に空気が澄んできた。
「おい、だいぶ走りやすくなってきたな。」
「まぁな。都会を抜けると、一気に空気が変わる。」
「もうちょいスピード上げてもいいんじゃねぇか?」
「焦るな。今日は”静けさ”を楽しむんだ。」
相棒は少し不満そうだったが、俺はあえてスローペースを貫く。
目的地はすぐそこだ。
そして、湖のほとりに差し掛かったその時――
「…ん?」
前方に、一台のバイクが停まっているのが見えた。
美女ライダーとの出会い

湖畔の駐車スペースに、一人のライダーが佇んでいた。
黒いレザーのジャケット、しなやかに伸びるロングヘア。
そして、跨っているのは……真っ赤なバイク。
「おいおい…ただのツーリングじゃ終わらなそうだな?」
「まぁ、そうかもな。」
俺はバイクを隣に停め、ヘルメットを脱ぐ。
「調子はどうです?」
声をかけると、彼女はチラッとこちらを見て、小さく微笑んだ。
「悪くないわ。でも…ちょっと走り足りなくて。」
「なるほどな。せっかくの良い道だし、もう少し走るのも悪くない。」
「そう思ってたところ。……あなた、速いの?」
挑発するような視線に、俺は口角を少し上げた。
「どうだろうな。俺のハーレーは、見た目より走るぜ?」
「ふふっ、面白い。じゃあ、試してみる?」
彼女はアクセルを軽く煽る。
エキゾーストが、乾いた音を響かせた。
「おいおい…美女ライダーと公道バトルか?」
「悪くない展開だろ?」
俺たちは互いにヘルメットをかぶり直し、エンジンを吹かす。
多摩湖を周回する道――ここからは、ちょっとした勝負の時間だ。
静寂の中の熱い戦い

彼女のバイクは軽快だった。
コーナーに入るたび、スムーズなライディングでリズムを刻んでいく。
「おい、あの女…なかなかやるじゃねぇか。」
「ああ、ただのライダーじゃねぇな。」
俺はハーレーのトルクを活かし、直線で距離を詰める。
彼女はコーナーで差を広げるが、俺はパワーで押し返す。
湖畔の道を、互いのエンジン音だけが響く。
「静けさの中にこそ、真実が宿る。」
今、俺たちは言葉を交わさない。
でも、この走りの中で、すべてを理解し合っていた。
勝負の後、そして再会の予感

一周して、再び駐車スペースに戻る。
ヘルメットを脱ぐと、彼女は満足げに笑った。
「いい走りね。ハーレーであそこまでついてこられるとは思わなかった。」
「そっちこそ、かなりの腕だったな。」
「ふふっ…今日はここまでにしておく。でも、またどこかで会えるかしら?」
「さぁな。ツーリングの道はどこへでも続いてるからな。」
「そうね。」
彼女はバイクに跨り、軽く手を挙げると、そのまま湖畔の道へと消えていった。
「おい、なかなかいい女じゃねぇか。」
「そうだな。また会えたら面白い。」
俺もバイクに跨り、エンジンをかける。
湖面に映る自分の姿をちらりと見て、ふと思った。
“静けさの中にこそ、真実が宿る”。
このツーリングも、ただの移動じゃない。
バイクで走ることの意味を、またひとつ感じる旅になった。
「さぁ、帰るか。」
「おう。でも次に彼女と会ったら、今度こそ俺たちが先に抜け出してやるぜ?」
エンジンを吹かし、俺たちは湖畔をあとにする。
風が吹く限り、俺たちの旅は終わらない――。